江口 彰 Laboratory

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想田和弘さんの「なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか」を読んで

Posted on | 7月 26, 2011 | 想田和弘さんの「なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか」を読んで はコメントを受け付けていません。

今や日本を代表するドキュメンタリー作家の想田和弘さんが、このほど『なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか』(講談社現代新書)(以下;本書)を出したので、早速読んでみました。私と想田さんは、観察映画第二弾『精神』のジャパンプレミアだったか、ワールドプレミアだったかの会場が「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」であり、そのときの居酒屋ではじめてお会いしました。当時は『選挙』の想田さんとして知られていましたが、お顔を拝見したことがなかったので、最初はどなたか分からなくたいへん失礼をした記憶があります。しかしその場はかなり刺激的で、本書を読んでいるとそのときを思い出すかのようでした。

critique essay

そのようなご縁もあり、また北大のクラークシアターでも『選挙』『精神』の2作上映させていただいたこともあり、今回の書籍発売はかねてから楽しみの一つでした。新作『Peace』に沿った内容だということで、作品を拝見したあとに読みたかったのですが、それも今朝の想田さんとのtwitter上のやりとりで、さっさと読んでしまおうと思い、先ほど読了したところです。

想田作品は私から見ると「映像の論文」のような感覚を持っています。特に『精神』を拝見した時は、非常に難しい文章を読んでいる感覚があり、そのあとのティーチインを聞いていて、はっきりと映像の論文だと思ったことを覚えています。大学をいう舞台で映画の活動をしている自分にとって、「観察映画」という手法は、本書にも記述しているように「参与観察」という手法にかなり類似しています。今の学術論文の主流は、定量調査の回帰分析などを使って普遍性を立証するという手法が多く見られるのですが、数値化できない現象というものも世の中たくさん起こっているので、それらを表出化するのに映像というものの相性が良いのではないだろうか。そのようなことを予々思っていました。本書を読んでいてまずそこを再確認できたというのが率直な感想です。

本書の内容に少し触れますと、台本と分かりやすさを求める現在のドキュメンタリー報道に対する見解は、共感するところです。これまで報道番組の時間枠で何回か取り上げられた時の経験からも、この指摘される問題意識は強くもっており、真実を伝えることの難しさを考えさせられます。マスコミ関係者には特に読んで考えてみてほしい部分です。例えば二元論的な対立軸を作り分かりやすい演出ではなく、あえてグレーという想田さんの表現は、まさしくドキュメンタリー作家としての立ち位置として、観察なんだという強いメッセージを感じます。

作品が生み出される過程の偶然性から、人生は偶然の産物のようなくだりは、キャリア研究の分野で「プランドハプンドゥ(計画された偶然性)」といわれていることで、この考え方は人間のキャリアで考えていくべき視点と同じです。この矛盾した計画性と偶然性の両極なものを一つに融合する考え方や、善悪の真ん中をグレーといった表現などは、今日複雑化し多様化した社会のなかで生きていく術として必要なものの見方や考え方を捉えていると思います。その視点を「観察映画」というジャンルのもと、映像として切り取り作品化しているというスタイルは、時代を先取りしている感があります。

学生たちとの取り組みでは、よく分かりやすさや答えを求めてきます。例えば「どれくらい忙しくなりますか」「何をしたらいいのですか」とイベントや映画作品を作る計画や過程のなかで、時々質問が来ます。しかしながら、イベントも作品作りも未来を作る行為なので、やってみたいと分からないものは多分にありますし、なにかが起こります。トラブルが起きると解決するために時間をかけないといけないでしょうし、どこかで出会いがあればイベント企画内容が膨らんだりします。だからやってみないと分からない。想田さんの作品を作るスタイルも、まずは何か感じたらとにかく撮ってみるというスタンスも似ていると思います。

分かりやすさや明快さ、そもそも計画された台本どおりの動きというものを求めることと、やってみないと分からないという世界、これらをよく観察してほしいと特に若者には思っています。想田ワールドは、これから未来に必要な教材開発のエッセンスが凝集されているんだと、そういった思いを新たにさせてくれました。是非多くの人に本書を読んでいただければと思います。特に北大のスタッフメンバーには読んでほしいと強く思います。
そして札幌の公開はまだ先になりそうですが、新作『Peace』を拝見したいと思います。

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