江口 彰 Laboratory

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日本の高等教育が変わるきっかけになるのか?

Posted on | 8月 26, 2010 | 日本の高等教育が変わるきっかけになるのか? はコメントを受け付けていません。

昨日、東京大学の安田講堂でハーバード大学のマイケル・サンデル氏の特別講演が開催されました。Twitterからの情報だと大盛況だったようです。今年は哲学ブーム到来ともいわれています。昨年までテクニカルな指南書が売れていた傾向が少しずつ変化しつつあるとのことです。これは非常にいい傾向だと感じます。大学の教養部の廃止や大学院重点化政策に伴い、近年高等教育では専門性や高度化が中心的な流れを担ってきましたが、この流れに逆風を与えはじめているのではないでしょうか。

以前、とある企業の方に産学官連携事業の失敗を伺ったところ、高度な専門技術や特許ではなくコミュニケーションが良好にできなかったという人として基本的なところで躓いたと聞いたことがあります。またイチロー氏をはじめとする世界で活躍するスポーツ選手の成功の秘訣が基本的な練習の積み重ねであることは多くのところでいわれてきています。今、専門性ではなく教養といった学問の基本を見直すいい機会がクローズアップされてはじめていることは、たいへん喜ばしいことだと感じています。

マイケル・サンデル氏の『これからの「正義」の話をしよう』や、ティナ・シーリグ氏の『20歳のときに知っておきたかったこと』は、世界最高峰のハーバード大学やスタンフォード大学の学部教養課程における授業を題材にした書籍で、いずれもベストセラーになりました。そして今回マイケル・サンデル氏の来日は大きな影響を与えてくれるでしょう。

私はかなり以前から大学において就職活動の3年生対策より、教養教育における「生き方」や「時間の使い方」などをしっかり学ぶべきだと思っていました。小手先のテクニカルな方法で就職活動を乗り越えてしまう学生が増える傾向に問題意識を持っていますし、実際教えている北星学園大学にも訴え、教え子である3年生以上からは、毎年1年生の時に授業を受けたかったとほとんどがいってきます。

私が思う両氏の授業の共通する特徴は「答え」を与えられ覚えることではないことです。良質な質問を繰り返し、質のいい情報を的確に提供するというそのパターンが洗練されていることだと思います。(詳しくは拝見していませんので推測の範囲ですがが、大まかにはそうだと思います。)そのような状況を授業環境内に多く取り入れる必要性を示唆しています。

私が行なっている北海道大学での取り組みは、ティナ氏の起業家精神育成に近い内容になっています。ティナ氏の授業は「封筒の中に5ドルが入っています。開封後2時間以内でできるだけ多く増やしてください。」といったような質問を与え、実際行動させてフィードバックするスタイルです。北海道大学の取り組みは「北大に常設化の映画館を作るためには何をしたらいいのだろうか?」この問いに対して学生が反応していきます。組織を立ち上げ、事業を企画運営し、しかも数年間かかるプロジェクトへ育て上げ、後輩にあとを託す仕組みを作り、受け取った後輩が試行錯誤し、改善して新しい創造を積み重ねる。毎日、長い人はこの質問に4年間も付き合うことになります。ただし正規の授業との連動はまだされていませんし、向き合っているのは私自らも参加している立場です。課外活動の一環としての範囲に限られていますが、一般的なサークル活動を凌駕しているとはいえると思います。

この活動のなかで授業のようなスタイルを行なえる場は、会議という名の打ち合わせ空間です。そこでの良質な質問を的確に行なうことで、創造性に豊かさを与えていくことが可能です。私はこの会議への準備と運営とフォードバックをよく学生に問いかけるように心がけています。そして、その足りない部分をメーリングリストなどの方法を使って行なっています。年間約4,000メールのやり取りをします。

こうした経験からも両氏の発言には共感できることが多く含まれています。是非とも日本の高等教育に変化を与えるきっかけが出てくることを願います。

essay about love

なお、東京大学の特別講演の模様は、10月下旬にNHKで放送されることや東京大学のiTunesUで配信されるということですので、楽しみに待ちたいと思います。しかし、これら世界最高峰の授業が映像で配信され、誰でも学ぶ機会を得ることになりますと、大学の授業の意味も変化しはじめます。別のテーマになりますが、デジタル社会の最も特質すべき状況が生まれつつあることも同時に考えなければなりません。

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