江口 彰 Laboratory

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民間採用が “コミュニケーション能力”を育成する

Posted on | 8月 13, 2010 | 民間採用が “コミュニケーション能力”を育成する はコメントを受け付けていません。

なにかと“コミュニケーション能力“だ、といった話をよく聞きます。職場環境や若者問題など社会のなかで注目されている“コミュニケーション能力”について少し考えてみましょう。

ある一つの組織のなかで、コミュニケーションがうまくいかない阻害要因としてジュシウスは3つの分類をしています。「送り手と受け手」「ことば」「階層」の3つです。送り手は100%伝わるつもりで受け手に送信しますが、100%受け取れることはかなり稀です。相手を好意に思っているかそうでないかでも違ってくるでしょうし、状況や環境によってもかなり変わるでしょう。「ことば」は、使う人によって定義が異なることがあります。私は教育の話を様々な方としますが、あるときその人は「教育」=「学校教育」という意味で使っていました。私は「教育」とは学校以外も含めて考えていますから、最初はお互いつじつまが合わないわけです。その後は齟齬を見つけて会話がスムーズになりました。そして「階層」とは、その人の立場によって考え方や受け取り方が違ってくることを示しています。上司と部下では見ている視点が違うのは当然のことです。

これ以外にも組織外を考えますと、違う業界であれば業界用語というものがありますし、そもそも外国語となるとますますコミュニケーションがとりにくくなります。

コミュニケーション能力をアップさせるために、従来の授業だけで十分とは誰もが思わないと思います。英語教育が典型的な例ですが、テストで点数を取れても外国で通用する人はわずかです。授業が全く無駄とはいいませんが、他に英会話の訓練環境があり、かつ授業もがんばった、となってかなり流暢にコミュニケーションができるということでしょう。現行の授業以外にやるべきことを実践しないといけません。

学生や生徒のコミュニケーション能力をアップさせるためには、3つの阻害要因の経験を通じて学習し何度も反復できる機会がなければなりません。学校のなかでの友人関係構築からはじまり、遊び、喧嘩し、クラスの運営も行い、生徒会や委員会活動、部活動など学校教育内での課外活動がこの機会を作っていきます。そして、学校以外では住んでいる地域や親類家族との対話を通じて徐々に学習されていくものです。ことばの意味などは、学校の授業が基礎になりつつ、マスメディアや読書を通じて蓄積されていきます。旅行をする先々での出会いを通じた経験も大きな機会になるでしょう。

writing an argumentative essay

今、家族や地域社会、そして学校社会が徐々に崩れはじめていることを問題として考えられています。加えてテクノロジーの発展でネットや携帯電話等がどのように影響しているかも考えなければなりません。そして、もう一つ大きな原因として学校教員のコミュニケーション能力が懸念されます。多くの学校教員の経験をみていくと多様な人とのコミュニケーション経験が少ない場合がほとんどです。それは教育大学という単科大学からそのまま教員になるパターンが一つの要因と考えられます。つまり、学友も教員なために様々な業界の友人を持つ可能性が低くなり社会と隔絶された状態が大いにあり得るということです。そもそも学校とは、異なる業界と接しなくても運営が成り立ちますから、教員になってからも様々な立場の人に出会うことがかなり限られているわけです。私も時々学校教員の方にお会いしますが、名刺を持っていませんといわれるケースがよくあります。これは普段必要性がないことを意味しています。他にも、千葉県成田市の英語教員は大変な環境にいるとのことです。国際空港周辺には帰国子女が多く、教員よりも上手な子供たちが多いからだといいます。つまり、学校教員は英語を使ったコミュニケーション機会という経験が、圧倒的に子供たちより少ないということを意味しています。

このような理由もあって学校教育で民間人を登用することを近年進めていると思います。子供たちのコミュニケーション能力を養うためにも、民間経験者、つまり多様な人々とのコミュニケーション経験を学校社会に導入することだと思います。しかし、学校教員と民間人登用者との阻害要因を乗り越えるところが最初の大きなハードルでしょうし、子供たちへはまだまだ道のりがあるだろうと推測されます。

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